カテゴリ:心に残ることば( 6 )

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先週、部屋に薄型テレビがやって来た。
地デジ化の波にのまれて、お気に入りの13型TVはなーんも映らなくなったから、
久しぶりのテレビなし生活 in 1month.

音のない部屋は寂しいから、元々ラジオは必需品。
朝はFM,夜はAM
早朝はBBC放送でスタート。何言ってるかさっぱりだけれど、手軽に海外気分が味わえる♪
6時からはクラッシック♪朝の空気とバロック音楽のコンビは最高♪
お弁当を作る時間には、802で大阪人を満喫して、相当慌ただしく出勤。
いつものパターン。

夜はシャワーの時間がラジオな時間。
毎回なかなか深い話が独特のテンポで、さら〜っと流れている。
先日、ゲストの音楽家が、「しんどいな〜」って感じる時は、
「あ、これは今、自分は幸せの予約をしてる、って思うんですよ〜」と
明るく話していた。
彼女は、自分は「ちょっとおもしろい顔」だから、それでみんなが安心できる、とか。
「忙しい」ときは、「充実してます」ってことばを使うようにしてる、とか。
震災のことから、愛の存在についてや、最近の「弱い」男子の話とか。
どの話題もとても爽やかに話すので、
なんだか聴き心地がよかった。

ひとしきりしゃべった後、
LOUIS ARMSTRONGの“WHAT A WONDERFUL WORLD“を
ピアノをバックにしっとり歌い上げた。
しゃがれた歌声と爽やか声とのギャップがまた素敵で
すっかりファンに。

ことばの使い方や、
話し方は大事です。

あらためて。

追記:
ゲストが誰かわからずだったけれど、
尾崎亜美さん、であることが判明♪ 
他のうたも聴いてみよ〜っと。
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私には、いくつかお気に入りのブログがあって、
えらく読みやすい、とか言葉が美しいだとか、読んでいて楽しいとか、深く共感できるとか、
とにかく写真が綺麗だとか。

その中で、ある詩をとても素敵にブログの中で紹介されている方がいらして、
あまりにもその詩が気に入って。ぜひ、とお願いをしたら、快く了解をいただき、
私のブログにも来ていただきました♪

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『祝婚歌』   吉野 弘
 
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派過ぎないほうがいい
立派過ぎることは
長持ちしないことだと
気づいているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうち どちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そしてなぜ 胸が熱くなるのか
黙っていてもふたりには
わかるのであってほしい



肩の力が
ふっ、って軽くなるような気がしたんです。

頭の固い自分へ
もうすぐ結婚する大切な友人へ
いつも見守ってくれる大切な人へ

短い言葉で、いかに気持ちをわかりやすく伝えられるかに
最近凝ってるわたしは、「短歌クラス」に通ったりもしてて。

しょぼーい短歌を作っては、
自己満足だったけれど、

詩もえ〜もんやと、あらためて思ったのでした。
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ブログを書かずして、約半年.
本当にいろんなことがありました. はじめに、このたびの東北地方太平洋沖の甚大な地震・津波災害で被災された皆さまに心からお見舞い申し上げると共に、エールを届けます.
震災を境に,多くの人と同じく, わたしも随分と考え方や生活の仕方が変わったように思います. 本当に大切なものは何かを日常生活の中でよく考えるようになりました. そして、やっと日本で自分の夢に向かってがんばろう、って思えるようになりました. 長かったわ...

うちでは昔から、「朝が来ることに、ありがとう. 暖かいベッドからおはよう、って起きれることはとっても幸せなんだよ」ってと〜さんが言ってたけれど.  今更ながらそう強く感じます.
しっかり地に足をつけて、自分軸を大切に今一度, 自分ができることを、がんばり続けたいと思っています.

少し前のことを振り返ろうとおもったけれど.
それは次にして.
とっても素敵な曲を送ってもらえたでご紹介.
歌声しかり, 歌詞が素晴らしい♪
熊木杏里さんの「誕生日」という曲
↓↓↓ ぜひ!ぜひ! お聞き遊ばせ

♪熊木杏里 ♪「誕生日」 ♪

♪ ありがとう
 理由は 何も ないんだよ
 あなたという ひとが いることで 
 いいんだよ ♪

ひとりでも,そんな風に言ってもらえたら.
そんなひとでいたい,
大切な人にはこんな言葉を送りたい,
なんてことを考えた次第です.
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「tomo, good morning. ....Ann ..............is...passed away .... soon.... 」
20日朝8時、仕事に行く準備をしている中で、病院に泊まり込んでいたマザーより電話を受けた。私を気遣いながらも泣きながら、消えそうなか細い声。
病院に向かう途中で職場に連絡をする。私の状況を知っているボス、同僚からは一切仕事のことは気にしないで、helpが必要であればどんなことでも連絡頂戴ねtomo、と。聞き慣れた同僚のからの優しいメッセージは嬉しかった。
外は小吹雪。バス停に向かう道のりは長く経験したことのない寒さに両手足の感覚は次第になくなっていった。

e0114371_0542359.jpg アンは3人家族。息子のシュワ君は先週7才の誕生日を迎えたばかり。彼がアンとマーレーの元にやって来たのは4年前 、誰も3才までの彼の詳しい経緯は知らない、ただアル中の実母は彼を育てられなかったこと。兄弟は何人もいるがお父さんはみな違うのだとマザーが教えてくれたことがある。
可愛い栗色髪の、ぷっくり体型のシュワ君。非常に繊細なハートの持ち主で逢う度に強烈なハグをしてくれる。これは彼がやって来たばかりの頃は、もっと強く、誰かが側を離れるということを極度に怖がり、バイバイ、が出来なかったそうだ。その都度、アンとマーレーもちろんマザー、親戚は「わたしたちは家族だから、ずっと一緒なの、どこにも行かないわよ」と伝え続けて来た。そんな彼の深いハグが私は大好きだ。

病院についたのは10時。
マザーと妹のリシェ(仮名)夫婦、親戚夫婦と抱き合う。室内ではマーレーが付き添っていた。右前腕から点滴メニュー3本、硬膜外留置カテ、そしてバルーン(膀胱留置カテーテル)。薬の副作用で、意識はもうろう状態とクリアな状態が交互にでていた。チェーンストークス様呼吸、かなりの微量濃縮尿、頻脈。両下肢の冷感はかなり強い。大腿部は黒褐色に変色している。
明らかに. 近づいていた。

「アン、tomoだよ」タッチングをしながら声をかける。ターミナルの癌の痛みは想像を絶する言葉にできない痛さ、そのため、この疼痛管理が最も重要なポイントであり通常積極的に薬を使う。麻薬がメインだが使用薬剤を初め、使い始めるタイミングから、評価方法、副作用の現れかた諸々を医師、薬剤師、専門ナース、そして家族本人の意志を確認の上で決定してゆく。痛くなってから使うのでなく、痛みが常に現れることがないようコントロールすることが目標になるため、患者は痛みから解放される分、意識レベルは落ち、呼吸抑制などにも気をつけないといけない。この使い方は非常に難しくまた、チーム連携がかかせない、そして各自の倫理観も求められる深いケアである。

アンら家族にどういう説明がされているか分からなかったが、少なくとも付き添っている中でナースが来たのはあくまで家族が痛みに苦しむアンをどうにかして欲しいとナースステーションに訴えに行った時のみ。そして、施す治療は精神安定剤のショットだけだった。驚いた事に、家族どころか患者に声をかけることすらない。やることをやると、さっさと退散...。
ターミナルになるほど患者の全てにおける要求は強くなりこれは非常にノーマルな反応。ナースに見せる顔と、医師に見せる顔そして家族に対する反応は全く異なってくる。あんなきついこと言う人じゃなかったのに...と全てのケアに不満を訴える容赦ない患者の反応に無力感を訴える家族にはそのことを説明し、もちろん私たちナースが一緒に入ってケアを行っていた。...アンの場合も例外なくこのパターンであった。数分おきの体位変換、ポジショニング作りは難しくこつも必要。好みの体位は瞬間に変わる。そして少し間違えるとすさまじい痛みの訴えが響き渡る。氷スワブの口腔ケアやマッサージ、部分清拭。ナースとしての経験はもちろんフルに役に立つ。聞かれることにも分かる範囲で答えるが専門用語がさっぱりな分、家族にとっては比較的分かり易く説明ができる、いいこともある。そして改めて、ずっと付き添い続ける家族の辛さを実感させられた。
つまり、先の見えているようで見えないケアをしつつ同時にお葬式の準備もしていかないと行けないのだ。宗教の関係から、どの司祭に頼みどこの教会にするか。配るカードの手配。まだ生きて苦しむ娘の側に寄り添いつつ、同時に別室で同じく娘の葬式の準備もしないといけないマザーの辛さはどれほどのものか。

マザーはご主人を若くして亡くされている。ご主人27歳、アンと同じ悪性黒色種、肺転移。このとき、アン7歳、リシェ2歳。幼き2人を残して、マザーは仕事を始め全力で2人を育て上げた。そして、今残されるシュア君は7歳。彼が生まれたのは1月15日、奇しくもその日はマザーのご主人が亡くなった日だった。

痛みが治まることはなかった。
前日は友人、この日は多くの親戚のお見舞い。8時30分、親戚の人と共に私も帰ることにした。納得いかない疼痛コントロール、ナースの対応を考えながらシャワーを済ます。          
         泊まるはずだったマザーがリシェと帰って来た。

          「she goes to heaven... 9:25」

最後まで痛みが消える事はなかったそうだ。15分ごとの震えるような痛みに苦しみながらアンは天国へいってしまった。

          no more pain, just peace and angel...

アン、痛みはもうないよね。
たくさん苦しませてしまって、ごめんね。私は何もナースに聞く事ができませんでした。
一緒に過ごせた時間は1年も満たなかったけれど、たくさんのことを教えてくれた。いつも違った角度からものを考えられる、常にポジティブなメッセージを与え続けてくれたカナダできたお姉ちゃん。あなたに出逢えて私は本当にラッキーでした。ありがとう。

人生は、美しい、そして時に非常に辛い。でもアンの人生はやっぱり美しかったと思う。
...自分の人生、大切に美しく生きる事できていますか。
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ドラマのERを見るのは好きだけれど、実際のERの雰囲気は私は苦手。病棟勤務時代も、新入院でERから入ってくる人ついている時は...何年目になっても、怖かった。何が..全てが...
ナースも怖かったりする。だから申し送りもドキドキ。受け持ちが急変して、ERコールで特救(うちの病院のER)スタッフが来ると、その手際よさに驚きこれこそ命の直結助けてます!みたいに感じがして差も感じたりしていたけれど、私は私のじっくりゆっくり看護病棟が大好きだった。
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ERに着くと、医師より「付き添いは一人だけ、すぐに誰にするか選んで後のひとは待ち合いルームで待ってて」と。もちろんご主人マーレー(仮名)が付き添う。私たちは待合室へ。広い待合室にはたくさんの患者と家族。受付には次々と救急隊と共にいろんな人が運ばれてくる。部屋が恐らくないのだろう、廊下でも処置が施されている。インターンと思われるDr.が何度も行ったりきたりしている姿も見える。ここで、待つこと...4時間強。ただ待つだけ。医師もナースも一度も説明に来ない。何が起きているのかどうなっているかもさっぱりわからないまま待つだけの時間は家族にとってどれほど辛いく長いことが想像できるだろうか。
何度か説明を頼むも、医師にも担当のナースにも会えない。誰なのかすら分からないと。ERは忙しい、でもERという特殊の場であるからこそチームでの家族フォローはやはり大切だと思う。忙しくても受け持ちのナースが自分が担当であることを伝えて、難しい時は師長が代行して挨拶、様子を見に来ることは...どこでもあるとは限らないようだった。残念ながら。
アンの激変している様子に衝撃を隠せないマザー...たくさんの質問を受ける。私はナースとしての必要なウソは結構得意。...しかし、なんのデーターもなく、情報もないままでただいい加減な返答はできない。でもマザーを不用意に心配させることもできない。
始めたばかりの治療で、予想外の反応は起きえる、今は救命救急にいるからベストな検査、治療がうけられているはずだから、結果が出るまで待とうと言いつつ、アンの痛みが少しでもマシになっている事を共に一祈る。そんな中付き添っていたマーレーよりMRI(磁気画像検査)を今行っている事、今晩は病院で過ごす事になる、結果がでるまで時間がかかる、そして、アンはまだ痛みに非常に苦しんでいると報告があった。
マザーは一緒に付き添うため、荷物を取りに一時帰宅することに。私は、3時間遅れで仕事場に向かった。
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「痛い〜、痛い〜、痛い〜、両足が動かない.... とにかく痛い〜」

仕事に行く前に、トロントで出逢えたお姉さんの様子を見にマザーと病院へ。本日3度目の放射線療法。3年前に頭部の悪性黒色種が見つかり、切除後経過フォローをしていたが、昨年夏、丁度私が一人旅から帰って来た日...9/11.肺転移が告知された。ステージ4. ダガルバジン(化学療法の一つ)を10月よりスタートしたが、クリスマス前、ケモは全く効いていないことが告知され、治療は打ち切り、年明けには、脳に転移している事が告知された。そんな中で始まった今回の放射線療法だった。

原則、明るいアン(仮名)はいつも私にポジティブな言葉をかけくれる。分かりにくい英語も嫌な顔一つせず聞いてくれて、いろんな提案をしてくれるお姉さん。マザー同様困っている人を見ると、年齢性別問わず助けずにはいられない、誰からも好かれる素敵な女性。アンティークのお店を開いていたこともあって、すごく居心地のいい歴史記念に指定されている古いお家に、ご主人と息子さん3人でトロントからは2時間ほど離れた小さな街で生活している。お料理が好きで、スポーツが好きで、オーガニックフードに凝っていて。そんな元気なアンが癌....再発。親戚中が言葉を失った。

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マザーは新しい治療が始まったアンを見るため先週一週間は彼女の家へ。息子のシュワ君(仮名)の世話をしつつ、たった昨日帰って戻って来たばかり。目立った副作用も出ていないから安心して、うまく治療が進む事だけを共に...祈っていた。
ベットがないから、という理由で、アンは毎日の放射線治療を往復4時間かけてご主人の車で通院。一日2回、6時間をあけて行う。ちなみに治療時間は驚くほど短い。私も何度か日本で患者さんに付き添っていたが、部位のみに確実にあたるよう本人専用のマスクが作られ、それをつけてカプセル状のベッドに入る。実際にあてているのは1分弱だったように思う。
その、一度目の治療を終え2回目を待つアンに、サプラーイズで逢いにゆこうとマザーが提案。マザーのお友達アフリカンカナディアンのロン(仮名)と3人病院に向かった。
予定の場所で逢えず、受付を通して処置室のようなところに通される。アンに逢えた。ただし、両下肢の激しい痛み、苦しみに泣き叫ぶアン...だった。

全くの予想外の展開に言葉を失うマザー。ひたすら脚をさする苦渋な表情のご主人。かける言葉がでてこない。マザーはこれは、普通のこと?なんでこんなになってるの?と聞いてくるも、アンの脚を一緒にさするだけで精一杯であった。

誰もが状況が分からないまま、アンはベッドごとER(救命救急病棟)へ。倒れそうになるマザーを支えつつ私たちも移動した。

...続く
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