「tomo, good morning. ....Ann ..............is...passed away .... soon.... 」
20日朝8時、仕事に行く準備をしている中で、病院に泊まり込んでいたマザーより電話を受けた。私を気遣いながらも泣きながら、消えそうなか細い声。
病院に向かう途中で職場に連絡をする。私の状況を知っているボス、同僚からは一切仕事のことは気にしないで、helpが必要であればどんなことでも連絡頂戴ねtomo、と。聞き慣れた同僚のからの優しいメッセージは嬉しかった。
外は小吹雪。バス停に向かう道のりは長く経験したことのない寒さに両手足の感覚は次第になくなっていった。

e0114371_0542359.jpg アンは3人家族。息子のシュワ君は先週7才の誕生日を迎えたばかり。彼がアンとマーレーの元にやって来たのは4年前 、誰も3才までの彼の詳しい経緯は知らない、ただアル中の実母は彼を育てられなかったこと。兄弟は何人もいるがお父さんはみな違うのだとマザーが教えてくれたことがある。
可愛い栗色髪の、ぷっくり体型のシュワ君。非常に繊細なハートの持ち主で逢う度に強烈なハグをしてくれる。これは彼がやって来たばかりの頃は、もっと強く、誰かが側を離れるということを極度に怖がり、バイバイ、が出来なかったそうだ。その都度、アンとマーレーもちろんマザー、親戚は「わたしたちは家族だから、ずっと一緒なの、どこにも行かないわよ」と伝え続けて来た。そんな彼の深いハグが私は大好きだ。

病院についたのは10時。
マザーと妹のリシェ(仮名)夫婦、親戚夫婦と抱き合う。室内ではマーレーが付き添っていた。右前腕から点滴メニュー3本、硬膜外留置カテ、そしてバルーン(膀胱留置カテーテル)。薬の副作用で、意識はもうろう状態とクリアな状態が交互にでていた。チェーンストークス様呼吸、かなりの微量濃縮尿、頻脈。両下肢の冷感はかなり強い。大腿部は黒褐色に変色している。
明らかに. 近づいていた。

「アン、tomoだよ」タッチングをしながら声をかける。ターミナルの癌の痛みは想像を絶する言葉にできない痛さ、そのため、この疼痛管理が最も重要なポイントであり通常積極的に薬を使う。麻薬がメインだが使用薬剤を初め、使い始めるタイミングから、評価方法、副作用の現れかた諸々を医師、薬剤師、専門ナース、そして家族本人の意志を確認の上で決定してゆく。痛くなってから使うのでなく、痛みが常に現れることがないようコントロールすることが目標になるため、患者は痛みから解放される分、意識レベルは落ち、呼吸抑制などにも気をつけないといけない。この使い方は非常に難しくまた、チーム連携がかかせない、そして各自の倫理観も求められる深いケアである。

アンら家族にどういう説明がされているか分からなかったが、少なくとも付き添っている中でナースが来たのはあくまで家族が痛みに苦しむアンをどうにかして欲しいとナースステーションに訴えに行った時のみ。そして、施す治療は精神安定剤のショットだけだった。驚いた事に、家族どころか患者に声をかけることすらない。やることをやると、さっさと退散...。
ターミナルになるほど患者の全てにおける要求は強くなりこれは非常にノーマルな反応。ナースに見せる顔と、医師に見せる顔そして家族に対する反応は全く異なってくる。あんなきついこと言う人じゃなかったのに...と全てのケアに不満を訴える容赦ない患者の反応に無力感を訴える家族にはそのことを説明し、もちろん私たちナースが一緒に入ってケアを行っていた。...アンの場合も例外なくこのパターンであった。数分おきの体位変換、ポジショニング作りは難しくこつも必要。好みの体位は瞬間に変わる。そして少し間違えるとすさまじい痛みの訴えが響き渡る。氷スワブの口腔ケアやマッサージ、部分清拭。ナースとしての経験はもちろんフルに役に立つ。聞かれることにも分かる範囲で答えるが専門用語がさっぱりな分、家族にとっては比較的分かり易く説明ができる、いいこともある。そして改めて、ずっと付き添い続ける家族の辛さを実感させられた。
つまり、先の見えているようで見えないケアをしつつ同時にお葬式の準備もしていかないと行けないのだ。宗教の関係から、どの司祭に頼みどこの教会にするか。配るカードの手配。まだ生きて苦しむ娘の側に寄り添いつつ、同時に別室で同じく娘の葬式の準備もしないといけないマザーの辛さはどれほどのものか。

マザーはご主人を若くして亡くされている。ご主人27歳、アンと同じ悪性黒色種、肺転移。このとき、アン7歳、リシェ2歳。幼き2人を残して、マザーは仕事を始め全力で2人を育て上げた。そして、今残されるシュア君は7歳。彼が生まれたのは1月15日、奇しくもその日はマザーのご主人が亡くなった日だった。

痛みが治まることはなかった。
前日は友人、この日は多くの親戚のお見舞い。8時30分、親戚の人と共に私も帰ることにした。納得いかない疼痛コントロール、ナースの対応を考えながらシャワーを済ます。          
         泊まるはずだったマザーがリシェと帰って来た。

          「she goes to heaven... 9:25」

最後まで痛みが消える事はなかったそうだ。15分ごとの震えるような痛みに苦しみながらアンは天国へいってしまった。

          no more pain, just peace and angel...

アン、痛みはもうないよね。
たくさん苦しませてしまって、ごめんね。私は何もナースに聞く事ができませんでした。
一緒に過ごせた時間は1年も満たなかったけれど、たくさんのことを教えてくれた。いつも違った角度からものを考えられる、常にポジティブなメッセージを与え続けてくれたカナダできたお姉ちゃん。あなたに出逢えて私は本当にラッキーでした。ありがとう。

人生は、美しい、そして時に非常に辛い。でもアンの人生はやっぱり美しかったと思う。
...自分の人生、大切に美しく生きる事できていますか。
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ドラマのERを見るのは好きだけれど、実際のERの雰囲気は私は苦手。病棟勤務時代も、新入院でERから入ってくる人ついている時は...何年目になっても、怖かった。何が..全てが...
ナースも怖かったりする。だから申し送りもドキドキ。受け持ちが急変して、ERコールで特救(うちの病院のER)スタッフが来ると、その手際よさに驚きこれこそ命の直結助けてます!みたいに感じがして差も感じたりしていたけれど、私は私のじっくりゆっくり看護病棟が大好きだった。
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ERに着くと、医師より「付き添いは一人だけ、すぐに誰にするか選んで後のひとは待ち合いルームで待ってて」と。もちろんご主人マーレー(仮名)が付き添う。私たちは待合室へ。広い待合室にはたくさんの患者と家族。受付には次々と救急隊と共にいろんな人が運ばれてくる。部屋が恐らくないのだろう、廊下でも処置が施されている。インターンと思われるDr.が何度も行ったりきたりしている姿も見える。ここで、待つこと...4時間強。ただ待つだけ。医師もナースも一度も説明に来ない。何が起きているのかどうなっているかもさっぱりわからないまま待つだけの時間は家族にとってどれほど辛いく長いことが想像できるだろうか。
何度か説明を頼むも、医師にも担当のナースにも会えない。誰なのかすら分からないと。ERは忙しい、でもERという特殊の場であるからこそチームでの家族フォローはやはり大切だと思う。忙しくても受け持ちのナースが自分が担当であることを伝えて、難しい時は師長が代行して挨拶、様子を見に来ることは...どこでもあるとは限らないようだった。残念ながら。
アンの激変している様子に衝撃を隠せないマザー...たくさんの質問を受ける。私はナースとしての必要なウソは結構得意。...しかし、なんのデーターもなく、情報もないままでただいい加減な返答はできない。でもマザーを不用意に心配させることもできない。
始めたばかりの治療で、予想外の反応は起きえる、今は救命救急にいるからベストな検査、治療がうけられているはずだから、結果が出るまで待とうと言いつつ、アンの痛みが少しでもマシになっている事を共に一祈る。そんな中付き添っていたマーレーよりMRI(磁気画像検査)を今行っている事、今晩は病院で過ごす事になる、結果がでるまで時間がかかる、そして、アンはまだ痛みに非常に苦しんでいると報告があった。
マザーは一緒に付き添うため、荷物を取りに一時帰宅することに。私は、3時間遅れで仕事場に向かった。
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「痛い〜、痛い〜、痛い〜、両足が動かない.... とにかく痛い〜」

仕事に行く前に、トロントで出逢えたお姉さんの様子を見にマザーと病院へ。本日3度目の放射線療法。3年前に頭部の悪性黒色種が見つかり、切除後経過フォローをしていたが、昨年夏、丁度私が一人旅から帰って来た日...9/11.肺転移が告知された。ステージ4. ダガルバジン(化学療法の一つ)を10月よりスタートしたが、クリスマス前、ケモは全く効いていないことが告知され、治療は打ち切り、年明けには、脳に転移している事が告知された。そんな中で始まった今回の放射線療法だった。

原則、明るいアン(仮名)はいつも私にポジティブな言葉をかけくれる。分かりにくい英語も嫌な顔一つせず聞いてくれて、いろんな提案をしてくれるお姉さん。マザー同様困っている人を見ると、年齢性別問わず助けずにはいられない、誰からも好かれる素敵な女性。アンティークのお店を開いていたこともあって、すごく居心地のいい歴史記念に指定されている古いお家に、ご主人と息子さん3人でトロントからは2時間ほど離れた小さな街で生活している。お料理が好きで、スポーツが好きで、オーガニックフードに凝っていて。そんな元気なアンが癌....再発。親戚中が言葉を失った。

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マザーは新しい治療が始まったアンを見るため先週一週間は彼女の家へ。息子のシュワ君(仮名)の世話をしつつ、たった昨日帰って戻って来たばかり。目立った副作用も出ていないから安心して、うまく治療が進む事だけを共に...祈っていた。
ベットがないから、という理由で、アンは毎日の放射線治療を往復4時間かけてご主人の車で通院。一日2回、6時間をあけて行う。ちなみに治療時間は驚くほど短い。私も何度か日本で患者さんに付き添っていたが、部位のみに確実にあたるよう本人専用のマスクが作られ、それをつけてカプセル状のベッドに入る。実際にあてているのは1分弱だったように思う。
その、一度目の治療を終え2回目を待つアンに、サプラーイズで逢いにゆこうとマザーが提案。マザーのお友達アフリカンカナディアンのロン(仮名)と3人病院に向かった。
予定の場所で逢えず、受付を通して処置室のようなところに通される。アンに逢えた。ただし、両下肢の激しい痛み、苦しみに泣き叫ぶアン...だった。

全くの予想外の展開に言葉を失うマザー。ひたすら脚をさする苦渋な表情のご主人。かける言葉がでてこない。マザーはこれは、普通のこと?なんでこんなになってるの?と聞いてくるも、アンの脚を一緒にさするだけで精一杯であった。

誰もが状況が分からないまま、アンはベッドごとER(救命救急病棟)へ。倒れそうになるマザーを支えつつ私たちも移動した。

...続く
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 今年はね、寒くないからあなたはラッキーよ、なんて職場のカナディアンに言われますが...確かに、ぬくい日が続いていたのは認めます。でも、この一週間は明らかに寒いです。寒さの質が違う、外歩いていると鼻がもげるではないかと思うし、手袋してても意味なし状態に冷え冷え。ちなみに、友人の忠告通りに準備したブーツは大活躍でにっこり満足、日本じゃ間違いなく履かれへん貴重ぶさいくブーツ。私の感覚としては毎日スキー場を歩いている感じです。
さて、こうなって最も参るのが交通機関。我らがTTCバスいい加減スケジュールに拍車がかかり、バスを待つ時間は非常に辛い。そこで、引っ越しを考え始めてみました。
こちらでは不動産やさんを利用することはなく、自分でネットや新聞から情報を見つけ直接交渉が普通。で、見つけたお家を昨日見に行きましたのです。これから引っ越す予定のレディが案内してくれます。年も同じくらいの可愛らしいとても感じのよい日本人レディ。
日本ではなにしてたの?-Nsしてたです-あっ、わたしも!
           どこ?-oです
    私はsのhっていうところーあっ、わたし大学hでした-わたしも!
.             ....えっ?!
             ....★★★!?
  !!きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
そうです。大学の先輩だったのです。フルネームがなんか見た事あるある、と思っていたのは、毎タームお世話になった過去問の名前の先輩だったからでした。
世界は狭いです。まさか、トロントで同郷の先輩に会えるだなんて、喜びもひとしお。お家よりもなによりも、懐かし話に花咲きまくり♪
出逢いはええもんです、しかも予期せぬ異国での再会。ええ気分の一日でした。
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# by tomorish825 | 2007-01-19 18:55 | 海外生活
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はじめまして.
2007年1月よりブログなんぞ始めてみました。少しドキドキ。きっかけはなんらかの形で私の始めての海外生活を残しておきたいと思った事と(ただしもう8ヶ月も過ぎているのですが...)、調べものをしていて、他の方のブログ情報がタイムリーに役に立った経験があり、では私も!と便乗★ぼちぼち続けていけたらなあ、と思ってます。
名前:tomorish
年齢:輝く30代!
職業:元看護師。4年間 神経内科・脳卒中科、皮膚科病棟勤務。



2006年3月退職、 4月末よりワーキングホリデー制度を利用しカナダへ。まずはトロントに入る
(→アーチストな自分は北米のPariと言わており、芸術センスの高い都市=モントリオールに近いからという非常に偏った理由にてトロントを選ぶ。じゃあなぜはじめからモントリオールにしなかったのか...フランス語圏ということでびびったであります...)
4月末〜7月末 3ヶ月の語学学校〜マルチカルチャーなトロントに圧倒されながら過ごす、語学学校の友人(from コロンビア、ブラジル、フランス)と念願のモントリオール、オタワ、ケベックシティを旅行。モントリオールでは憧れのジャズフェスタ堪能♪ 旅行中にはルームメイトだったブラジリアンと大げんかをすることになり、海外にて自分の意見を言うことの必要性と重要性を痛感っ☆

8月半ば〜9月半ば〜バックパックでの一人旅決行
L.A→バンクーバー→ビクトリア→バンクーバー→バンフ〜ジャスパーのカナディアンロッキーの旅★この時の人々と大自然との出逢いからベジタリアンになる。一番の影響人はベルジャンベジタリアンだったとっても紳士な少年♪→バンクーバーからトロントまで列車4日間かけて戻る。

10月末〜トロントで仕事を見つける。時期をほぼ同じにしてアマチュアのオーケストラに入る。
1月〜ボランティア開始予定が感染症勃発で消えてしまう。

簡単にまとめるつもりがどうもまとまらない。

なぜタイトルが『アーティストナース』なのか。絵を描く事が大好きなナースだから。海外で絵を描いて生活する事が夢だったから。ちなみに横のイラストは...わたしの大好きなサラ・ミッダさんの絵です。そのうち私のイラストに更新しましょう。お楽しみに。
自己紹介、こんなでいいのか?

どうぞよろしくお願いします。
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# by tomorish825 | 2007-01-17 16:50 | 自己紹介
全くの予想外であり、全く予定もしていなかったのだがブログを作ってみる事を急に思い立ってしまった。
カナダにくる事を決めた時点で、何らかの形で、この貴重な日々を残せたらいいのにな〜とはぼんやり思っていたのだけれどどうもパソコンいじるのがへたっぴいなこともあり、しかも”ブログ”の壁は高く感じていたから...
そんな中、ネットで調べモノをしていて見かけたある方のページ。えらくセンスよく読み易い。おお、これはいいではないかと、急に作ってみたくなって即作ってしまった次第。さて、そんなで今年の目標は、
1-ブログ更新をしつつ日々の大切な発見を忘れずに過ごしてゆくこと。
2-体に良いもの=なるべくフレッシュなものをとるよう心がけること!腹八分目を忘れない事....こーれが難しい。でもここに書いたから、より心がけるであろうことを期待しつつ。まずは初回ブログにバンザーイ♪
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写真はトロントの元旦です、非常に気持ちのよいお天気でした。今年もいい年でありますように!
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# by tomorish825 | 2007-01-16 12:59